結婚は自らがデザインすることに価値がある

昨日はプロジェクトメンバーの転勤に伴う送別会。

渋谷で飲んで、静岡に帰るの面倒で銀座泊。

いやいや、最近のカプセルホテルはすごいですな。

 

こんにちは、べぇでございます。

 

さて、タイトル。

 

よく私は「所詮結婚」と言います。これは突き詰めると結婚は役所に書類を出すだけの行為であり、現実として何一つ変わらない、という意味があります。

 

ただ、一方で結婚には様々なイメージがあります。

 

結婚したら結婚式を挙げなければならない。(いまや半分が結婚式を挙げない「なし婚」といわれています)

 

結婚するには年収が高くなければならない。(年収300万円以下の男性の結婚率はそれ以上の人と比べて2.5倍ほど差があります)

 

いろいろな「◯◯しなければならない」という束縛が社会の中にあって、それを満たさないと結婚ができない。そう思っている人が多いように思ったりします。

 

対象者インタビューから見えるミクロの現場の声

私は対象者インタビューという目的で、しばし結婚を考えている人に話を聞く事があります。(まぁゲストハウスでやっている恋愛相談も一つのインタビューのようなものですけど)

 

ただ、その中では無意識に「◯◯しなければならない」という束縛にとらわれているように感じることがあります。それはこれまでの環境や周囲の人の声などが重なってしまった結果だと私は考えています。

 

ある女性は「彼氏に嫌われるのが嫌だ」ということで、あまり自分の素を出せないことが悩みのタネだった、ということがわかりました。これは話を深く聞くことで見えてきた無意識の事柄です。

 

素を出してはいけない、自分の意見を言ってはいけない。そういう思い込みが無意識に自分を追い詰め、苦しい現実を作り出していたのです。

 

◯「◯◯しなければならない」は誰の価値観?

いろいろな「◯◯しなければならない」は誰の価値観なのか、ということを考えたことがあるでしょうか。その束縛は実は全く根拠がなかったり、意味のないケースもあります。

 

例えば先の例で言えば、彼氏に嫌われるのが嫌というのは当たり前の感情です。しかし、だからといって素を出せなかったり、意見を言えなくなるというのは関係を深める上で障害になることがあるでしょう。

 

自分らしく振る舞えないのですから、フラストレーションは溜まりますし、どこか息苦しいものです。そんな状態はすぐに限界が来て、大きなストレスの原因となるのです。

 

自分が無意識に思っている「◯◯しなければならない」は誰の価値観なのか。またそのことは根拠があったり、今後の自分の人生に役に立つのかどうか。そういったことを1つ1つ確認していくことが大事だと私は思います。

 

◯自分の価値観を掘り起こす

自分がどうあるのが一番ラクなのか。また、自分がパートナーと結ばれてどういう生活をしたいのか。自分で結婚をデザインすることにこそ、結婚の意味や価値があると私は思っています。

 

気を使うことはとても疲れます。自分らしくいられないこともとても疲れます。パートナーから愚痴を言われたり、反対に自分が言ったり。それもまたとても疲れることです。

 

自分の理想が社会や誰か他人の理想ではなく、自分らしさのある自分の価値観に基づく理想なのか。そこを描くことから結婚を考える一歩が始まるように思います。

 

◯まとめ

  • 結婚は自分でデザインして意味や価値が生まれる
  • 自分らしさを欠く結婚は辛いものになる
  • 自分の価値観を1つ1つ精査していくことが自分らしさの発見になる。