ありのままで恋をする

先日の水曜日の恋愛相談室で考えさせられたこと。世の中にはいろいろな価値観があるなぁと思い、私もいろいろな学びがございます。

◯束縛=愛?

相手を束縛することで愛を感じる人がいるようです。束縛はこまめに連絡をさせたり、異性同士の交流を制限したり。それを相手が破ると感情的になります。

◯愛は存在のすべて

いつかの記事で書いたと思いますが、愛は「存在のすべて」と私は考えています。存在するものは誰かの愛から生まれたものであり、それが循環するものであると私は考えています。

つまり、束縛も一つの愛の形です。

が、それは相手に求めるべきものではありません。

相手を束縛するというのは、自分にも強い束縛を強いています。自分で自分の考えに制限をし、行動にも制限をします。

束縛は形を変えた「自己愛」とも言えますが、その形は自分や相手の理想とは遠ざかるものなのだと思います。

◯愛とは似て非なる3つの感情

究極的には束縛は愛の1つの形ですが、パートナー同士が正しい目的に向かうためのものではありません。それは束縛されたことがある人はわかるかと思います。

また、束縛の他、次の感情は愛と似て非なる感情と考えています。

  • 必要性
  • 嫉妬

必要性は相手を求める心。相手を求めるというのは、愛しいとか一緒にいたいという感情ではなく、「相手がいないと私は寂しい」「相手がいないと私は不安になる」というようなネガティブな感情のことです。

嫉妬は相手と自分の関係性に不安があることで起こります。自分は相手から信頼されるに値しない、相手は自分のことを信頼していない。こういった感情が嫉妬を生み出します。

束縛、必要性、嫉妬。これら3つはほぼ同義であり、ありのままの恋から自らを遠ざける作用をします。

まとめ

  • 束縛は愛であるが、表現すべきではない。
  • 束縛、必要性、嫉妬は愛と似て非なる感情である。
  • 愛はすべてを受け止め、許しを与える。